アートで探る自分自身の色彩と形態:心の状態を映し出す表現の心理
私たちは普段、言葉を使って自分の気持ちや考えを伝えています。しかし、喜び、悲しみ、不安、希望といった複雑な心の状態は、必ずしも言葉で完璧に表現できるものではありません。アートセラピーでは、絵を描く、粘土をこねる、コラージュを作るなど、言葉以外の方法で自分自身を表現します。
このプロセスの中で、私たちが無意識のうちに選ぶ「色」や「形」には、言葉にならない心のメッセージが込められていると考えられています。アートセラピーにおける色彩心理学や形態心理学は、この「アートに映し出された自分自身」を理解するための重要な鍵となります。
今回は、アート制作を通して現れる「自分色」や「自分形」が、私たちの心の状態をどのように映し出しているのか、その心理的な意味を深く掘り下げていきます。
アートに現れる「自分色」:色彩心理学の視点
私たちは、日常的に様々な色に囲まれて生活しています。それぞれの色は、私たちの心に特定の感情やイメージを呼び起こします。アート制作において、特定の色彩を選ぶ、特定の色の組み合わせを使う、あるいは色の濃淡や塗り方に特徴が現れるのは、その時の心の状態が反映されているためと考えられます。
例えば、鮮やかな赤色を力強く塗り込めているとします。赤は一般的に、エネルギー、情熱、興奮、あるいは怒りや危険といった強い感情と結びつけられます。この場合、何かに対して非常に強いエネルギーを感じている、あるいは強い怒りや欲求を抱えている状態かもしれません。
逆に、画面全体を落ち着いた青や灰色で覆っているとします。青は鎮静、安定、理性、悲しみ、内省といった感情と関連が深く、灰色は曖昧さ、不安、落ち着き、無関心といった意味合いを持つことがあります。これらの色が選ばれる背景には、心が鎮静を求めている、内省的な状態にある、あるいは漠然とした不安を感じているといった心理があるのかもしれません。
もちろん、色彩の意味は文化や個人の経験によって異なります。しかし、その時々で無意識に手が伸びる色や、普段は使わない色が急に気になるといった変化には、自分でも気づいていない心の動きが隠されている可能性があるのです。アートセラピーでは、描かれた色そのものの一般的な意味だけでなく、「なぜその色を選んだのか」「その色を見てどう感じるか」といった、その人自身の内的な体験に焦点を当てていきます。
アートに現れる「自分形」:形態心理学の視点
色彩と同様に、私たちがアートで表現する「形」もまた、心の状態を映し出します。描かれる線が直線的か曲線的か、形が丸いか角ばっているか、全体の構図が閉鎖的か開放的か、といった形態の特徴には、無意識の心理が反映されると考えられています。
例えば、画面いっぱいに鋭利な直線や角ばった図形ばかりを描いているとします。直線や角は、安定、構造、あるいは緊張、攻撃性といった意味合いを持つことがあります。このような形が多用される場合、心が張り詰めている状態、何かに対する防御、あるいは強い意思や決意を示しているのかもしれません。
対照的に、柔らかい曲線や丸い形を多く描いているとします。曲線や丸は、優しさ、柔軟性、安心感、全体性といった意味合いを持つことが多いです。これらの形が現れる背景には、心が穏やかで安心している、あるいは包容力や調和を求めているといった心理があるのかもしれません。
また、描かれる形の「大きさ」や「密度」も重要な要素です。画面の片隅に小さく描かれた形は、自己肯定感の低さや閉じこもりの心理を示唆するかもしれませんし、画面全体を埋め尽くすような密度の高い形は、圧倒されるような感情や強いエネルギーを表しているかもしれません。形態心理学では、形そのものの意味だけでなく、それらがどのように配置され、どのような関係性を持っているか(ゲシュタルト心理学でいう「まとまり」の法則など)にも注目することで、より深い心の状態を読み解く手がかりとします。
色と形の組み合わせが語る心のメッセージ
私たちの心は単一の感情や思考だけで成り立っているわけではありません。複数の感情が同時に存在したり、曖昧で複雑な状態にあったりします。アート作品においても、色と形は単独で現れるだけでなく、組み合わさることで、より繊細で複雑な心の状態を表現します。
例えば、「鋭利な赤い形」と「柔らかい青い曲線」が同じ画面に描かれているとします。これは、強い感情(赤、鋭利な形)と穏やかさや悲しみ(青、曲線)が共存している状態、あるいは内に秘めた強い感情を穏やかな外見で覆い隠そうとしている状態などを示唆する可能性があります。
また、明るく楽しい色(黄色やオレンジ)で描かれた「壊れたような、バラバラの形」が現れることもあります。これは、表面的な明るさの裏側に、混乱や不安、満たされない思いが隠されているといった、心の複雑さを映し出しているのかもしれません。
このように、色と形が互いに影響し合いながら一つの作品となるプロセスは、私たちの内面世界を映し出す鏡となります。アートセラピーでは、これらの組み合わせから生まれる全体的な印象や、個々の要素がどのように関連し合っているかを共に探求することで、言葉では捉えきれない心の声に耳を傾けていきます。
アートを通して自分自身と向き合う
アートセラピーで描かれる色や形は、あくまでその瞬間の心の状態を映し出したものです。そこに「良い」「悪い」という判断基準はありません。大切なのは、自分が表現したものを通して、普段は気づかない自分自身の側面や、抑圧していた感情に気づくことです。
自分の描いた作品を、少し距離を置いて客観的に見てみてください。どんな色が目に留まりますか? どんな形が印象的ですか? それらの色や形を見て、どんな気持ちになりますか? 嬉しい、悲しい、怒り、落ち着かない、ホッとするなど、素直な感情に寄り添ってみてください。
この「観察」と「感じること」を通して、色や形が自分自身の心の状態とどのように結びついているのかを理解する手がかりを得られる可能性があります。それは、自分自身をより深く知り、受け入れるための一歩となるでしょう。
まとめ:日々の生活に活かす色と形の心理学
アートセラピーにおける色と形の心理学の視点は、アート制作の場だけでなく、私たちの日常生活やアート鑑賞においても役立ちます。
- 日常生活: 自分が無意識に選ぶ服の色、部屋に置く小物の色、気に入るデザインの形などに注目してみることで、その時の自分の気分や求めているものが何か、ヒントを得られるかもしれません。
- アート鑑賞: 絵画や彫刻、デザイン作品などを鑑賞する際に、「なぜこの色が使われているのだろう」「この形はどんな印象を与えるのだろう」という視点を持つことで、作品の持つメッセージや、それによって自分が何を感じるのかを深く探求することができます。
アートで表現される色や形は、言葉にならない心の声です。その声に耳を澄ますことは、自分自身の内面世界を理解し、より豊かな人生を送るための一助となることでしょう。専門的な知識がなくても、まずは「自分が何を感じるか」を大切に、色と形の心理学の世界に触れてみてはいかがでしょうか。