色彩と形の心理学

アートと日常にみる色彩と形態が呼び起こす感覚の心理:五感が織りなす表現の世界

Tags: 色彩心理学, 形態心理学, アートセラピー, 五感, 感覚, 共感覚, 表現

アート作品を鑑賞したり、身の回りの色や形に触れたりする時、私たちは単にその視覚情報を処理しているだけではないことがあります。例えば、真っ赤な色を見て「熱い」と感じたり、ギザギザの形を見て「鋭い音」を連想したりすることがあるかもしれません。このように、色彩や形態は、時に視覚以外の五感、特に触覚や聴覚といった感覚を呼び起こすことがあります。

アートセラピーにおいても、描かれた絵の色や形が、言葉では表現しにくい身体的な感覚や内的な感情と深く結びついているケースが多く見られます。この記事では、色彩や形態がどのように他の感覚と結びつくのか、その心理的な側面を掘り下げ、アートと日常における五感が織りなす表現の世界について考えていきます。

色彩が呼び起こす感覚の心理

色は私たちの心に直接的に作用しますが、それが視覚情報としてだけでなく、他の感覚を伴って感じられることがあります。

特定の芸術作品において、画家が意図的に色彩を用いて感覚を喚起する例は多く見られます。例えば、フィンセント・ファン・ゴッホの絵画に用いられる鮮烈な黄色や青の筆致からは、単に色が見えるだけでなく、視覚的な「響き」や「ざわめき」のようなものを聴覚的に感じ取る鑑賞者もいるかもしれません。印象派の画家たちが光や影の微妙な変化を捉えるために用いた色彩は、温度や湿度といった肌で感じる感覚をも喚起する力を持っています。

形態が呼び起こす感覚の心理

形もまた、視覚情報としてだけでなく、触覚や聴覚、あるいは動きに伴う身体感覚といった感覚と結びつく性質を持っています。

彫刻や立体作品を鑑賞する際、私たちはその形を様々な角度から見ることで、触れた時の手触りや、もしその形が動くとしたらどのような動きをするかといったことを想像します。抽象彫刻の表面の滑らかさや凹凸は、触覚的な探求心を刺激し、作品との間に身体的な共感を生み出すことがあります。

アートセラピーにおける感覚と表現

アートセラピーの現場では、クライアントが描いた絵の色や形が、その人の内面にある言葉にならない感覚や感情を映し出していると考えます。例えば、漠然とした不安感を表現するために、濁った灰色や黒を使い、不定形で境界線が曖昧な形を描くかもしれません。あるいは、抑圧された怒りを表現するために、鮮烈な赤や黒を使い、鋭く、画面からはみ出すような形を描くこともあります。

これらの色や形は、単なる視覚的な要素としてだけでなく、クライアントがその時に感じている身体的な感覚(緊張、重苦しさ、熱さ、冷たさなど)や、過去の体験に伴う感覚記憶と深く結びついています。セラピストは、描かれた色や形からクライアントの内的な感覚に耳を傾け、その感覚がどのような感情や体験と結びついているのかを共に探求していきます。

言葉にできない感覚や感情を、色や形といった非言語的な媒体を通して表現することは、自身の内面を客観的に見つめ直し、理解を深める重要なステップとなります。描くという行為自体が、身体的な動きを伴う感覚的な体験であり、それが色彩や形態として定着することで、内的な感覚を「見える化」し、触れることのできる形にするのです。

まとめ:感覚を意識することで広がる世界

色彩や形態は、単に視覚を通して情報を伝えるだけでなく、私たちの五感全体に働きかけ、様々な感覚を呼び起こす力を持っています。色を見て音を感じたり、形を見て手触りを想像したりするこのような感覚的な結びつきは、私たちの感情や記憶、そして無意識の世界と深く繋がっています。

日々の生活の中で、目にする色や形が自分にどのような感覚を呼び起こすか、少し意識してみることで、新たな発見があるかもしれません。特定の色の服を着た時に感じる心地よさ、特定のデザインの家具を見た時に感じる安心感、あるいは自然の中で触れる木々や岩石の形から連想する肌触りや音。これらの感覚に意識を向けることは、自分自身の内面をより深く理解するためのヒントとなり得ます。

また、アート作品を鑑賞する際に、描かれている色や形が視覚以外のどのような感覚を呼び起こすかに注目してみると、作品への理解が深まり、より豊かな体験を得られるでしょう。画家が筆致や色使い、形の配置を通して表現しようとした感覚的な世界に触れることで、作品と心を通わせることができるかもしれません。

色彩と形態が五感と織りなす心理的な作用を理解することは、アートセラピーにおける自己表現や内省を深める上で重要な視点となります。そしてそれは、アート作品を見る時、あるいは日常生活の中で色や形に触れる時、私たちの世界をより感覚豊かに、そしてより深く感じ取るための扉を開いてくれるでしょう。