色彩と形の心理学

色彩と形態の象徴性:アートと日常にみる心のメッセージを読み解く視点

Tags: 色彩心理学, 形態心理学, アートセラピー, 象徴性, 自己理解, アート鑑賞, 心理

アートセラピーでは、私たちが表現する色彩や形態が、意識せずとも心の状態や無意識のメッセージを映し出していると考えられています。単に「きれいな色」「好きな形」として選んでいるように見えても、そこには自分でも気づかない心理的な意味、つまり「象徴」が込められている可能性があるのです。

この象徴性は、個人的な経験や文化、あるいは人類に共通する普遍的な感覚に基づいています。この記事では、色彩心理学や形態心理学の視点から、色や形が持つ象徴的な意味について掘り下げ、それがアートや私たちの日常にどのように現れているのか、そして自己理解にどのように繋がるのかを探ります。

色彩が語りかける象徴性

色は視覚に直接訴えかけ、感情や記憶と強く結びついています。特定の色の組み合わせを見ると特定の感情が湧き起こったり、ある色を見ただけで過去の出来事を思い出したりすることは、多くの人が経験することでしょう。

色彩が持つ象徴性は多岐にわたります。例えば、

これらは一般的な象徴ですが、その意味は文化や個人の経験によって大きく異なります。例えば、白は西洋では純粋や結婚の象徴ですが、東洋の一部の文化では死や喪失の象徴となることがあります。また、個人的なレベルでは、特定の色が幼い頃の楽しい思い出と結びついてポジティブな象徴となったり、つらい経験と結びついてネガティブな象徴となったりすることもあります。

アート作品において、画家が意図的に特定の色を選ぶことで、作品に特定の感情やテーマを象徴させることがあります。例えば、ムンクの「叫び」に描かれた強烈な夕焼けの色は、不安や苦悩といった内面の感情を象徴していると解釈されることがあります。

アートセラピーでは、クライアントが「無意識に」選んだ色や、描いた絵の色の使い方を通して、その人が抱える感情や内的な状態を探る手がかりとすることがあります。重要なのは、その一般的な象徴に当てはめることではなく、なぜその色を選んだのか、その色を見てどう感じるのか、というクライアント自身の感覚に寄り添うことです。

形態が語りかける象徴性

形もまた、私たちに無意識のうちに様々な感覚や意味合いを伝えています。基本的な図形である丸、四角、三角でさえ、それぞれ異なる心理的な象徴性を持っています。

これらの基本的な形が組み合わさったり、自然の形(葉っぱ、雲、波など)や人工的な形(建物、道具など)になると、より複雑な象徴性が生まれます。例えば、ギザギザした形は危険や不安、興奮を象徴することがありますし、波打つような曲線は流動性、柔らかさ、感情の起伏を象徴することがあります。

アート作品では、使われる形や線の種類が作品全体の印象やテーマを決定づける重要な要素となります。直線的で角ばった構図は緊張感や厳格さを、曲線的で柔らかな形は安心感や優しさを表現することがあります。建築物のデザインにおいても、その形がそこに集まる人々に安心感を与えたり、畏敬の念を抱かせたりといった心理的な効果を狙って設計されることがあります。

アートセラピーでは、クライアントが描いた線や形の力強さ、柔らかさ、大きさ、位置関係などが、その人の性格や内面の状態、周囲との関係性を象徴していると捉えることがあります。例えば、画面いっぱいに力強く描かれた鋭角的な形は、強いエネルギーや攻撃性を、小さく画面の隅に描かれた丸い形は、内向性や寂しさを象徴していると解釈されることがあります。これも色彩と同様に、一般的な解釈よりもクライアント自身の感じ方が重視されます。

色彩と形態の組み合わせがもつ象徴性

色彩と形態は単独で存在するだけでなく、組み合わさることでより豊かで複雑な象徴性を生み出します。例えば、

同じ「赤」でも、丸い形と組み合わさるか、鋭い三角と組み合わさるかで、感じる印象や象徴する意味合いは変わってきます。赤い三角は「危険」や「警告」の象徴として、標識などでよく用いられます。

アート作品においても、色と形は密接に関係し合い、作品全体のテーマや感情表現を深めています。ゴッホの「星月夜」では、渦巻くような青と黄色の曲線が、彼の激しい感情や宇宙への神秘的な感覚を象徴していると言えるでしょう。

日常生活やアート鑑賞における「象徴」を読み解く視点

このように、色彩や形態が持つ象徴性は、私たちの身の回りやアート作品の中に満ち溢れています。これらの象徴を「読み解く」ことは、決して難しい専門知識が必要なことではありません。大切なのは、

  1. 意識を向けること: 身の回りの色や形、アート作品の色や形を見て、「なぜこの色が気になるのだろう」「この形を見るとどんな気持ちになるだろう」と少し立ち止まって考えてみることです。
  2. 自分の感覚を大切にすること: 色や形が自分にとって何を象徴しているのか、何を感じさせるのかを、一般的な意味に囚われずに自分自身の感覚で捉えてみることです。それは、過去の経験や現在の心の状態と結びついている可能性があります。
  3. 多様性を知ること: 同じ色や形でも、人や文化によって異なる象徴性を持つことを理解することです。これにより、他者の感じ方や異文化への理解が深まります。

アート鑑賞においては、作品の色や形が画家にとって何を象徴していたのか、そして自分にとって何を象徴しているのか、という二重の視点を持つことで、より深く作品と対話することができるようになります。

日常生活においても、自分が無意識に手に取る物の色や形、部屋に飾る絵の色使いなどが、現在の自分の心の状態を映し出しているサインであると捉えることで、自己理解を深める手がかりとすることができるでしょう。

まとめ

色彩と形態が持つ象徴性は、私たちの意識の奥深くと繋がっています。それは普遍的な感覚に基づいていることもあれば、個人的な経験や文化によって形作られていることもあります。アートセラピーでは、クライアントが表現した色や形を通して、その人自身の心の声や無意識のメッセージを読み解く試みが行われます。

この記事で触れた内容は、色や形の象徴性のほんの一端に過ぎません。しかし、これらの知識をほんの少しでも意識することで、日々の生活の中で目にする色や形、そしてアート作品が、これまでとは違った豊かなメッセージを持って語りかけてくるように感じられるかもしれません。そして、それは自分自身の心をより深く理解するための、素晴らしいヒントとなることでしょう。