マンダラの色彩と形態が語りかける心理:アートセラピーにおける自己理解への視点
アートセラピーでは、様々な表現方法を通して自己の内面を探求します。その中でも、円形の図に色や形を描き込んでいく「マンダラ」は、多くの人々に親しまれています。マンダラを描く行為や、そこに現れる色彩や形態は、描く人の深層心理や現在の心の状態を映し出すと言われています。
このコラムでは、アートセラピーにおけるマンダラに焦点を当て、そこに用いられる色彩や形態が私たちの心理にどのように語りかけるのか、自己理解への視点とともに深く掘り下げて解説します。
マンダラとは何か:普遍的な「円」の象徴性
マンダラ(曼荼羅)は、もともと古代インドのサンスクリット語で「円」「本質」「集合」などを意味する言葉です。仏教やヒンドゥー教などの宗教的な世界観や宇宙観、あるいは聖域を表すために用いられてきました。中心があり、そこから広がる対称的なパターンを持つものが一般的です。
心理学者のカール・ユングは、マンダラを人間の無意識に存在する元型(アーキタイプ)の一つである「自己(Self)」の象徴として捉えました。自己とは、意識と無意識を統合し、全体性や調和を目指す心の中心のことです。マンダラの円形は、始まりも終わりもない無限の形として、全体性や完全性、宇宙の広がりなどを象徴しています。描かれたマンダラは、その時の心の状態や統合への過程を映し出すものだとユングは考えました。
アートセラピーにおいてマンダラを描くことは、この普遍的な「円」の空間に、自分の内面にある色や形を自由に表現するプロセスです。このプロセスそのものが、心の安定や統合を促す効果があると考えられています。
マンダラに現れる形態の心理
マンダラに描かれる形は多様ですが、そこに込められた心理的な意味を読み解く視点があります。
- 円そのもの: マンダラの基本となる円形は、全体性、完全性、調和、安心感、無限などを象徴します。円の中に世界を構築することで、混沌とした状況に秩序をもたらし、心を落ち着ける効果が期待できます。
- 中心: マンダラの中央に何を描くか、あるいは何も描かないか、中心が強調されているかなどは重要です。中心は自己の中心、あるいは意識の焦点、エネルギーの源泉などを象徴することがあります。中心が明確で安定している場合、自己が確立されている状態を示唆することがありますし、中心が揺らいでいたり空白であったりする場合は、自己探求の途上や不安定さを示す可能性もあります。
- 対称性: マンダラによく見られる対称的なパターンは、秩序、安定、バランス、理性などを象徴します。左右や上下が対称に描かれていると、心が安定した状態や、物事を論理的に捉えようとする傾向が反映されていると考えられます。
- 非対称性: 一方、非対称なマンダラや、パターンが崩れているマンダラは、内面の葛藤、感情の揺れ動き、変化への欲求などを反映している可能性があります。必ずしもネガティブな意味だけでなく、創造性や個性の現れとして捉えることもできます。
- 線の種類: 描かれる線の種類も心理を映し出します。力強く太い線はエネルギーや断固とした意思を、細く繊細な線は感受性や内気さを、波打つ線は感情の起伏を、ギザギザの線は緊張や攻撃性を示すことがあります。
これらの形態的な要素は、描く人が無意識のうちに選んだ表現であり、その時の心の状態や課題が反映されていると考えられます。
マンダラに現れる色彩の心理
マンダラに塗られる色は、描く人の感情やエネルギーの状態を強く映し出します。色彩心理学で知られる色の一般的な意味に加え、マンダラの中での色の使い方にも注目することで、より深い心理を読み解くヒントが得られます。
- 色の選択:
- 暖色系(赤、オレンジ、黄色など): 活力、情熱、喜び、興奮、自己主張などを反映しやすい色です。中心部に多く使われている場合、エネルギーが内側に向かっていることを示唆することがあります。
- 寒色系(青、緑、紫など): 落ち着き、平和、内省、癒やし、精神性などを反映しやすい色です。外側に多く使われている場合、外部環境への適応や、冷静さを保とうとする心理を示すことがあります。
- 中間色・無彩色(茶、グレー、黒、白など): 茶色は安定や現実性、グレーは曖昧さや抑圧、黒は内面の深淵や否定、白は純粋さや空白・再生などを象徴することがあります。
- 色の使い方:
- 色の濃淡: 濃く鮮やかな色は強い感情やエネルギーを、薄く淡い色は繊細さや抑制、あるいは癒やしを反映することがあります。
- 色の配置: どの部分にどの色を配置したか(中心、外側、特定のパターンなど)も重要です。例えば、中心に情熱的な赤を置き、外側を鎮静の青で囲むマンダラは、内なるエネルギーを保ちつつ、冷静に対応しようとする心理を表すかもしれません。
- 色の組み合わせ: 複数の色がどのように組み合わされているか(調和しているか、対立しているか)も心理を映し出します。調和のとれた配色は心の安定を示唆し、対立するような配色は内面の葛藤や緊張感を示すことがあります。
例えば、全体的に暗い色が使われている場合は抑うつ的な気分を、明るく鮮やかな色がたくさん使われている場合は活動的でポジティブな気分を反映しているといった、直感的な理解も重要です。しかし、色の解釈は一つではなく、その人自身の色の経験や文化的な背景によっても異なります。
色と形の組み合わせが語る心理
マンダラにおいては、色彩と形態が組み合わさることで、より複雑で個人的な心理が表現されます。
- 特定の形と色の組み合わせ: 例えば、中心に描かれた鋭い三角形が赤く塗られている場合、強い意志や攻撃的なエネルギーを象徴するかもしれません。円形のパターンが青く塗られている場合、穏やかで内省的な心の状態を示すかもしれません。
- 全体の印象: マンダラ全体から受ける印象(明るいか暗いか、混沌としているか秩序があるか、閉鎖的か開放的かなど)も、描く人の全体的な心の状態を物語っています。色が全体的ににごっている、特定の領域だけ色が極端に違う、形と色が全く合わないように見えるといった場合、内面に複雑な感情や葛藤がある可能性を示唆します。
アートセラピーでは、マンダラを描いた後に、描いた人自身に「どんな気持ちで描きましたか?」「この色はあなたにとってどんな感じがしますか?」「この形はどんな風に見えますか?」と問いかけ、言語化を促すことがあります。描かれたマンダラを分析するだけでなく、描いた人自身の感覚や解釈を大切にすることで、より深い自己理解へと繋がっていくのです。
まとめ:マンダラを通して自己の内面を探求する
アートセラピーにおけるマンダラは、単なる絵や模様ではなく、描く人の心の風景を映し出す鏡のようなものです。円という安心できる空間の中で、自由に色と形を表現することで、普段意識しない心の動きや感情、内的なエネルギーの状態に気づく機会が得られます。
マンダラに現れる形態は、内面の秩序や安定性、あるいは変化への欲求などを象徴し、色彩は感情や活力を映し出します。これらが組み合わさることで、よりパーソナルな心理的なメッセージが紡ぎ出されます。
もしあなたがマンダラを描く機会があれば、完成した絵をじっくりと眺めてみてください。どのような色が多く使われていますか?どのような形が繰り返し現れていますか?中心はどんな様子ですか?そこから、今の自分自身の心に語りかけてくるメッセージを感じ取ることができるかもしれません。マンダラを通して色や形の心理的な意味に触れることは、自己理解を深め、日々の生活やアート体験をより豊かなものにするための一つの視点となるでしょう。