色彩と形態の変化が心に映すもの:アートと日常で読み解く時の流れ
私たちの周りにある色や形は、常に同じ状態を保っているわけではありません。太陽の光を受けて色褪せる古い写真、風雨にさらされて角が丸くなる石像、季節の移り変わりと共に色を変える葉、そして時間と共に成長したり衰えたりする生命。こうした色や形の「変化」は、単なる物理的な現象としてだけでなく、私たちの心に様々な感情や気づきをもたらします。
アートセラピーにおける色彩心理学や形態心理学では、描かれたものだけでなく、描く過程や作品の経時的な変化も心の状態と結びつけて考えることがあります。今回は、アートや身近な日常に見られる色彩や形態の変化が、私たちの心にどのようなメッセージを届けるのか、心理学的な視点から深く掘り下げていきます。
色彩の変化が心に与える影響
色は時間の経過と共に、その明るさや鮮やかさを失っていくことがあります。特に屋外に置かれたものや、光に当たりやすい場所にあるものは、もとの鮮やかな色からくすんだり、薄くなったりします。
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色褪せと心理: 鮮やかな色が失われる現象は、私たちに「時の流れ」や「過去」を強く意識させます。古いアルバムの写真がセピア色に変色しているのを見ると、過ぎ去った日々の思い出がよみがえり、ノスタルジアや時には少しの寂しさを感じることがあります。また、かつて活気に満ちていたものが色褪せている様子は、儚さや喪失感を連想させることもあります。一方で、使い込まれて色が落ち着いたデニムや革製品のように、色褪せが「味わい」や「歴史」としてポジティブに捉えられる場合もあります。アート作品においては、意図的に退色を表現することで、過ぎ去った時間や郷愁をテーマとすることがあります。
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変色・劣化と心理: 紙が茶色く変色したり、金属が錆びて色が変化したりすることは、しばしば「古びた」「劣化」といったイメージと結びつきます。これは、時の経過による「衰え」や「終わり」といった概念を連想させることがあります。しかし、これもまた、歴史や重厚感、あるいは自然に還っていく過程として捉えることもできます。例えば、古民家の柱や梁の色の深まりは、長い歴史を感じさせ、安心感や風格を与えます。
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成長・変化の色と心理: 自然界に見られる色の変化は、生命のサイクルやエネルギーと結びつきます。春の新緑の鮮やかな緑、夏の力強い緑、秋の紅葉の燃えるような赤や黄色、冬のモノトーンの世界。こうした季節による色の変化は、生命の誕生、成長、成熟、そして休息といった流れを象徴し、私たちに活力や安心感、あるいは静けさといった感情をもたらします。植物の成長に伴う色の変化は、希望や生命力を感じさせます。
形態の変化が心に与える影響
形もまた、時間の経過や外部からの力によって変化します。硬い岩が風化によって丸みを帯びたり、建築物が劣化して崩れたり、植物が成長して枝を広げたり、人の体型が変わったりするなど、様々な形態の変化が私たちの周りで起こっています。
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風化・崩壊と心理: シャープだった形が時間と共に丸みを帯びたり、崩れたりする現象は、時の流れの力強さや、物理的なものの儚さを感じさせます。古代遺跡の風化した石像は、その崩れかけた形から、遠い過去の時間を強く印象づけ、悠久の時の流れや、人間の営みの有限性を考えさせることがあります。自然界の風化した岩や地形も、地球の長い歴史を物語り、畏敬の念を抱かせることがあります。
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変形・歪みと心理: 元の整った形が、圧力や時間によって歪んだり変形したりすることもあります。これは、不変性への挑戦や、不安定さ、あるいは時間や力の痕跡として捉えられます。使い込まれた家具の歪みや傷は、その家具が辿ってきた時間やそこで過ごされた暮らしの記憶を宿しているように感じられ、愛着や物語性を生み出すことがあります。意図的に歪んだ形態を用いるアート作品は、見る者に不安感や疑問、あるいは既成概念からの解放といった心理効果をもたらすことがあります。
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成長・増殖の形と心理: 生物が成長して形を変えたり、増殖したりすることは、生命のエネルギーや発展を象徴します。小さかった植物が枝を広げ、花を咲かせ、実をつける過程は、私たちに希望や生命力、豊かさを感じさせます。細胞分裂や結晶の生成といった、形が増え広がっていく様子は、生命の神秘や宇宙的な広がりを連想させることがあります。
変化を受け止める心とアートの表現
私たちはなぜ、色や形の変化にこれほど心を動かされるのでしょうか。それは、私たち自身の存在が時間と共に変化し続けるものであることと無関係ではないでしょう。変化する色や形を見ることは、自分自身の過去、現在、未来、そして限りある生命について考えるきっかけとなります。不変なものへの憧れや、過ぎ去った時間への追憶、そして訪れるであろう未来への希望や不安など、様々な感情が呼び起こされます。
アートの世界では、この「変化」そのものが重要なテーマとなることがあります。時間の経過を作品に取り込んだり、移ろいやすい自然の風景(モネが描いた連作のように、光によって刻々と色や形を変える対象)を描写したりすることで、変化の美しさや儚さ、あるいは不変性への問いかけを表現します。また、時間の経過によって作品そのものが変化するような素材を用いたり、パフォーマンスアートのようにその場限りで二度と同じ形を持たない表現を用いたりすることもあります。
アートセラピーでは、クライエントが作品の中で「変化」をどのように表現しているかに注目することがあります。例えば、最初に描いた色が時間と共に薄れていく様子や、形が歪んだり崩れたりしていく様子は、クライエントの心の状態の変化や、自分自身の変化に対する感情を反映している可能性が考えられます。また、意図的に作品に変化を加える行為を通して、過去の自分や経験を受け入れたり、未来への変化を展望したりするプロセスをサポートすることもあります。
まとめ
色彩や形態の変化は、私たちの周りの世界が常に動き、移り変わっていることを示しています。そして、その変化は単なる物理的な現象ではなく、私たちの心の内面に深く響くメッセージを持っています。色褪せるものに懐かしさを感じたり、風化するものに歴史を感じたり、成長するものに希望を感じたり。
日常生活の中で、通り過ぎる風景の色や形の変化に意識を向けたり、使い慣れた物の古びた様子に目を向けたりすることで、普段気づかないような心の動きや、自分自身の過去、現在、未来への思いに気づくことがあるかもしれません。また、アート作品において、作家がどのように「変化」を捉え、色や形で表現しているのかに注目することで、作品の新たな魅力を発見し、より深い鑑賞体験を得ることができるでしょう。
色や形の「変化」という視点を持つことは、身近な世界をより豊かに感じ、自分自身の心の移り変わりを理解するためのヒントを与えてくれるのではないでしょうか。